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全盲のおばあさんに、幸せな人生は何か考えるプレゼントをもらいました

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先日、実家の仙台にいき、
子供のころよく遊びに行っていた
近所のおばあさんの通夜に参列しました。

キリスト教の洗礼受けている方なので、
通夜ではなく(前夜の祈り)として、
教会で賛美歌を歌い思い出を語る会です。


94歳で亡くなりました。

 

このおばあさんは、
目が見えません。


私が小さいころ(小学生くらいかな)におばあさんの家に行くと、

「ああ、〇〇ちゃんか(私のあだ名)。よく来たね。」

とこちらに向かって話しかけてくれるので、
目が見えないといっても、
視力が落ちていてなんとなく見えるのかなと思ってました。


盲導犬もつれてないし、
杖も使っていないので。

 

私の小さい時なので、
30年以上前のことです。

 


で、このおばあさんは目が不自由だということは
私が子供のころから知っていましたが、
昨日お別れの言葉で初めて知ったのは、

60年前、おばあさんが30歳のころに、
難病で視力を失い光も失って、
全く見えない状態で生活していたとのことです。


私が小さい頃のおばさんの姿を見て、
全盲で光も全く見えないとは、
到底思えない振る舞いをしていました。

 

 

私はいま39歳ですが、
30歳で全盲になったと想像したら
(リアルに想像すらできませんが)
どんな心境だったか。

その後60年間をどんな気持ちで過ごせばよいのか。


私だったら、全盲になった原因の難病を呪って、
きっと落ち込んだまま暮らしているんじゃないかと思います。

 


でも、

このおばあさんが、
近隣の学校で公演をする機会があって、
その場でこう言ったそうです。


「私は30歳で光を失いました。

でも、私には海の景色、山の景色、街の景色をイメージできます。

それは、私が30歳までは目が見えていたから、
思い出せばイメージできるのです。

生まれたときから全盲で目が見えない人に比べて、
私はずっと幸せ者だと思っています」

 

 

 

  マジで神。

 

 

 

 


私はまだまだ人生経験が浅いですが、
いくら充実した人生を送っても、徳を積んでも、
盲目になってもなお

「私は幸せ者だった」

と果たして言えるだろうか。

 

たぶん、身を呪って、難病を呪って、
なんで私だけこんなに不幸なんだと嘆くでしょう。

 


このおばあさんは、
盲導犬を頼りにしないことや、
杖を使わないのは、

「周りに助けてくれる人がいるから、要らない」

ので使っていなかったそうです。

 

周囲の介助や手助けが必要だし
周りの人は相当苦労したでしょうが、
私は幼心にそんな苦しみは微塵も感じませんでしたし、
いつもニコニコして心穏やかなおばあさんでした。

 

もし私が今全盲になり、
30年後に孫の前で「私は幸せだった」と言えるか??


一生懸命胸を張れる人生だったと言えるように
今は精一杯努力していますが、
このおばあさんを超える境地は、到底到達できなさそうです。

 

 


あなたは、幸せな人生を送っていますか?


私は、幸せな人生を送りたいから、
今せいいっぱいの努力をしています。


数年後に振り返って、
この2018年は幸せだったし、
2019年、2020年、2021年もずっと幸せだったと
胸を張って言えるようにしたいと思っています。

 

本当は葬儀だけ参加するつもりで、
通夜(お別れの会)は出なくていいかなと考えてましたが、
まさか私の小さなころの思い出がありありと蘇って、
故人の考えに触れて涙するとは思いませんでした。

 

このお別れの会に参加したことで、
私の人生観が少しずつ変化するかもしれないと、
そんなことを感じました。

参加してみないと絶対に得られない、
貴重な体験。

これもおばあさんの
最後のプレゼントかも知れません。

 


P.S.

このおばあさんが無くなったのが94歳で
23:45に息を引き取りました。

今日は、このおばあさんの旦那さん、
3年前に亡くなったおじいさんの命日です。

おじいさんが無くなったのも94歳。
そして亡くなった時間が23:45とのこと。


二人仲良く、同じ時間に息を引き取り
天に召されました。


偶然にしては出来すぎの、
まさに奇跡の物語を知ることが出来ました。


この物語も、
涙なしでは聞けませんでした。

 


あなたは、幸せな人生を送る努力していますか?

私は今はまだ手探りですが、
きっと将来幸せだったと言えるように頑張っています。